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2013-11-26 (Tue)
_ [雑記] 私の人生
私の人生、思えば、生まれつきえぐい性格の人間だった。幼稚園の頃、母親にひらがなの書き取りをやらされたとき、私はすでにひらがなを書けたので、書くことを馬鹿にして、わざと落書きを書いたりしてた。この時すでに、性格がよろしくなかった。母親は怒ると私をトイレに閉じ込めたり、玄関の外に放り出したりした。妹が生まれてからは、苦痛の連続だった。なんというか、私より妹の方がはっきり優先されていたというか、私のお菓子を妹が勝手に食べたりしても、親は「食べずに置いておいた私が悪い」というだけだった。とにかく、私と妹の間でもめると、無条件に私のせいになるのが嫌でしょうがなかった。
家に友達が来ると、母親は私に、「友達をきちんとおもてなししなければいけない」というようなふうで、非常に気を遣い、遊ぶどころじゃなかった。公園で少しでも危ないことをしていると怒りまくる母親だった。私は他人に非常に気を遣うというか、何かあると全て私のせいになるので、いつも逃げ腰な人間になり、その結果いじめられた。
小学校の時すでに私は体の弱い子供で、体育なんかはさっぱりだった。父親は部活動で運動系の部に入ることを強制した。嫌でしょうがなかった。子供のことといえば、学校の成績にしか興味のない親だった。「音楽の成績が悪いなら吹奏楽部に入れ。体育の成績が悪いなら運動部に入れ」というふうだった。
中学に入ると、引き続き運動系で、バスケットボール部に入った。当然さっぱり。あまりにもぐだぐだで、友達をなくした。学校の成績については、父親は成績表が読めなくて、とにかく100点満点以外は一切認めなかった。「100点以外は点じゃない」そうだ。定期テストで、1学年120人平均点60点で、80点を取ったが、父親は「60番くらいじゃないか」といった。もっと高い点を取ってくると「カンニングしたんじゃないか」といった。このころようやく、私の父親が人間的にはクズいということに気がついた。父親は「ウチの子供(私)はダメでクズな人間である」という信仰のようなものがあった。